ユーコさん勝手におしゃべり

1月20日
 1月16日の朝、起きて朝食の仕度をしながらパソコンを開けると、太平洋沿岸一帯に津波警報・津波注意報が発令されていた。前日のトンガ沖海底火山噴火の影響である。 前夜のニュースでは噴火については報道されていたものの、日本への津波はないということで安心して眠ったのだった。
 あれから何やら落ち着かない日々を過ごしている。なるべく被害の少ないことを、ただ祈るばかりである。
 14日の金曜日は、東京国立博物館「特別展 ポンペイ」の初日だった。朝一番の入場回の予約を取って、店主と二人で出かけた。以前、江戸東京博物館で開かれたポンペイ展は、被災考古学としての色合いが濃い印象だったが、今回は、新発掘の工芸品や、ヴェスヴィオ火山周辺のポンペイ以外の遺構からわかった当時の暮らしぶりに焦点が当たっていた。
 よく持ってきたな という大金庫や、繊細なガラス細工瓶が並べられ、奴隷身分から酒池肉林の富裕層まで、一万人都市ポンペイの多様な生活がうかがえる。
 被災考古学分野の展示は少なかったが、噴火時の状況を再現した解説映像から、その衝撃の大きさは伝わってきた。
 博物館を出て、上野でそばと甘味の昼食をとり、昼に店を開けた。その日、頭の中はポンペイでいっぱいだった。
 翌15日は、店舗休業で、三浦半島・葉山の二子山へハイキングに出かけた。二子山山頂から三浦の海を眺める。おだやかな、美しい太平洋である。
 森戸川沿いを下ってゆく。道の脇にはびっしり霜柱が立ち、川のよどみには氷が張っている。表面が凍った小さな滝の中を、水がツーっと下ってゆくのが見えた。
 お昼に持参のおにぎりを食べる。座ってしばらく休憩をとっていると冷えてくるが、ちょうどそれが出発の合図になる。風のない日で、歩いているとあたたかかった。
 湘南の海と森を充分楽しんだ日の晩、ニュースでトンガ沖火山の第一報を知った。

 自然は人間の憶測をはるかに超えたところにある。
 いつ、どこで何が起きても、誰のせいでもない。
 明日がどうなるかわからなくても、大寒の今日がどんなに寒くても、私の日常はかわらない。
 朝にはカレンダーを見て、自分で書いた指示通り、二か月先に小庭のプランターで咲く花のために、液肥を作って栄養をやった。
 自然の不思議と、人間の不思議。よく晴れた冬の夜、空にはオリオン座がしっかり貼り付いていた。

1月10日
 年末 いったん収束かと思われた新型コロナが、年始にまた混乱をまきおこしている。
 目に見えて人出が増えた繁華街の様子は危なっかしかったが、もう皆我慢も限界というのもわかる気がする。
 この連休明けから都立のいくつかの施設は再び閉館、閉園と決まった。私立の美術館・博物館も今後はどうなるか不透明だ。
 店主の発案で、とりあえず自転車にまたがり、会期が16日までの東洋文庫ミュージアムの東洋文庫名品展へ出かけた。行き帰りに神社仏閣の多い日暮里、根津、千駄木、谷中、上野、浅草を通り、初詣のはしごをする。いくつも回って、最後に隅田川沿いの待乳山聖天で、お供えのお下がりの大根をいただいて、お土産付きのお詣りとなった。
 「堀切橋を渡る」以外は一度も同じ道を通らない、しかも人通りの多い正面参道もパスした絶妙な裏道・一筆書きコースだった。
 コロナ禍は、店主から旅する距離を奪ったが、地図読み時間の充実をもたらした。
 大根は、煮物、スープ、千枚漬けに大根葉炒めと、その日の夕食から翌日まで大根尽くしで聖天様の御利益をいただいた。

1月1日
 寒い。 2022年が厳冬の中、やってきた。
 カラリと晴れた明るさを、北風が冷たく凍らせてゆく。
 窓から外を見る景色と、一歩外へ出た時の体感のギャップが強い東京の冬だ。
年末年始は、カズオイシグロの過去作を読んで過ごす。生きている作家はいい。今までのものを読んでいるうちに、新作が出るから。
 カポーティの作品も、どこかからひょいと出てこないか、まだ期待している。ずいぶん必死に捜したそうなので、無理とはわかっているけれど。 遠藤周作は、このところ いくつも発掘されているものなぁ。
 書庫にお客様からの注文の本を取りに行く時、チュイチュイと高くて細い声がして、見上げると電線にメジロがいた。電線の下方の椿の木からも声がして、出てきた一羽も並んで電線にとまり、仲良く二羽で飛んでいった。
 椿が咲き梅がひらき、街にメジロがやってくる。寒いとはいえ、冬至は過ぎた。季節は確実に進んでいる。

12月のユーコさん勝手におしゃべり
それ以前の「おしゃべり」