ユーコさん勝手におしゃべり

2月27日
 一週間、雨が降り続いたまま2月が終わる。
冬、東京は乾いた晴天の日が多いので、今年の2月の長雨は異例なことだろう。
 昨年、買い物先でハーブの種をいただいた。スィートバジルとカモミール、タイム、どれも蒔き時は3月からと書いてある。
 「3月からといっても、2月の末にはあったかい日も来ちゃったりするよね」
と言いながら、ポケット付きのカレンダーの2月のポケットに入れた。
 これを書いているうちに、窓のくもりガラスの向こうを、大粒の白いものが上から下へハラハラ通りすぎた。雨は雪になっている。今冬はじめて、はっきり見る雪の姿だ。
 「三寒四温」とか「やまない雨はない」とか「待てばバラ咲く季節もある」とか、いろいろなことばを思い浮かべつつ種を3月のカレンダーのポケットに移す。
 今日は、自分用の小さなおひな様を机に出して、静かに仕事をしよう。晴れたら、南千住の素盞雄(すさのお)神社へ大きなおひな様とふくらんだ桃のつぼみを見に行こう。

2月16日
 春のよろこびは、つぼみ。
 何年も咲かなかった草木につぼみをみつけた。そのよろこびの大きさに自分でも驚く。
 今朝、玄関の扉を開けると、すぐ目線の脇に小さなつぼみがあった。数年前に買った一鉢だ。咲いている花が可愛かったので購入し土に埋めた。最初は陽のあたる正面に。花が終わってお礼に肥料をやり、次の年は咲かなかった。その次の年もつぼみはなく、土が合わなかったのかな、水が多すぎたのかなと迷い、短く刈り込んで別の場所へ移した。次の年も咲かず、でも捨ててしまうにはしのびず、垂れ性なので葉を楽しめればと気持ちを切りかえて枝垂れ系スペースへ移動。花図鑑では育てるのは簡単な部類に入っているのに、なんでかなと気にかけつつ年を過ごした。
 そして今朝だ。昨日は気付かなかった小さなつぼみが1ヶ所、そしてもう1ヶ所。「ふふふふふ」と笑いがこみ上げる。何かに勝った気がして、気持ちよく新聞をとり家に入った。
 いつも咲いてくれる花への信頼と、時々訪れるこういったサプライズで、園芸人のよろこびは増幅されていく。

2月7日
 夜、書庫から持ってきた本の箱を開け、手入れをしていた店主が、
 「ああぁ 」と悲痛な声を上げる。店主と私以外誰もいない店内に緊張が走る。
 「痛んでるよ、こんなになっちゃって。箱の詰め方が悪かったんだ。」と誰に向かってでもなく怒る。ため息をつきながら、店主の机の方へ見に行くと、本の函の切口(本を入れる口の方)が、少し崩壊して細かい紙片が机上にある。
 積み重なった段ボールの中でどのように置かれていたからこうなったかを悔しそうに私に説明した後、気を取り直して、慎重に補修していく。私にことばはないし手出しもできない。黙って自分の席に帰ったあと、ほんの気休めの気持ちで、
 「でも、その本はうちに来てよかったですね」と声をかける。まだちょっとカリカリした声で店主が
 「なんで?」 と問う。
 「だって、そんなに丁寧に直してもらえるじゃないですか。いつ売れるかもわからないのに、そんなことしないでしょ、きっと…、普通…」と言ってみる。
 「あぁ、そうだな。うちへ来て本はしあわせだな。」と、思った以上に穏やかな声音になって店主が言う。私の意図した以上に慰めになったらしい。
 いつ販売に供されるかもわからない本をきれいに仕立て、再び書庫に納めていく。徒労のようにも思えるが、尊いことのようにも思えてくる。
 「よりによってこれが、署名本だったんだ。いい字なんだ。」と、店主が見開きをひらくと、デザインされたような端正な太字の万年筆の文字があった。
 「きれい。まるでこういう装丁みたい」
と言うと。「そうだろう」と本を直す自分を納得させるように店主が言う。
 作家は亡くなってからもう30年以上たっている。うちにその本が来て書庫に置かれてからでももう数年たっていた。その間かえりみることもなかったが、その文字を見て急に作家が身近になった。是非読んでみよう、と思う。
 本との新たな出合いは、流行作家であるなしにかかわらず、時のへだたりとも無関係にいきなり胸元に飛び込むようにやってくる。

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