ユーコさん勝手におしゃべり

11月28日
 「ママ、冬眠で死んじゃったの?」
 店のウィンドウに背を向けて、パソコンに向かい仕事をしていると、背後で男の子の大きな声が走り抜けていった。
 先週まで飼いカメのいた小庭の一角に、今はプランターが置かれ、「カメは冬眠しました」のプレートが挿してある。花に囲まれたプレートはちょっと見 祭壇のようでもある。
 ママに、「冬眠しちゃったんだって」と言われて、聞きなれぬ「冬眠」を病名か何かだと思ったようだ。先に歩き去ったママを走って追いかけながら叫ぶように聞いていた。
 大丈夫、春にはまた、ニコニコひょっこりあらわれるよ。
 ママが上手に説明してくれるといいな。
 家でクッションにくるまったカメを店主が時々覗いてみるが、もう目を覚まして遊んでくれる気配はない。かといって熟睡まではいかず、クッションをひらいて移動させると、目を開き、「まだ寝ませんよ」と言わんばかりにゆっくり首を伸ばし、手をさし出す。
 冬眠バケツの準備はできたが、まだもうしばらくは、トロトロうたたねをたのしむらしい。

11月22日
 飼いカメは、数日前から一日の大半を眠って過ごすようになり、冬眠体制に入った。
 夜だけ家に入れて、昼間は外に出していたのだが、冷たい雨が降るという予報を受けて、昨日の朝、小庭のカメの水槽を片付けた。
 家に入るとカメはとっとと自分のクッションにもぐり込んだ。先日までは時折 家内探検もしていたが、もう出歩くつもりはないらしい。
 小庭のカメスペースに かねて用意してあったプランターを並べ、「カメは冬眠しました。また春になったら会いに来てね」 と書かれたプレートを挿した。プランターに埋めたチューリップの球根が芽を出しつぼみを持つ頃まで、冬眠は続く。 とはいえ、本格的に熟睡するのは12月に入ってからで、それまでにカメのもぐる泥んこやふとんにする落ち葉を用意しなければならない。自然界なら自然にあるものだが、飼いカメなので、お膳立ては飼い主の義務であり、楽しみでもある。
 散歩に出た先々で、香りのいい桜をメインに、イチョウや楓や藤、きれいな葉を集める。45Lゴミ袋の半分くらいまで集まった。あと半分、どこへ行こうか考えている。
 店のウィンドウを背に仕事をしていると、外を行く人の声が聞こえる。
 「おかあさん、カメみていきたい」
 と女の子の声がした。ママと手をつないだ小さな子が、小庭の方へ曲がった。
 「カメさん ねんねしちゃったんだって」 とママの説明する声がした。
 老夫婦が通る。おばあさんが何か言い、おじいさんが
 「冬眠しましたって、よ」 と言っていた。
 カメは友だちが多いからな。
 カメはいないのに、カメのことをしゃべる声がして、その人とカメとの間合いがみんな少しずつ違っている。
 朝井リョウの『桐島、部活やめるってよ』を思い出す。背中を耳にして、半日たのしく仕事をした。

11月15日
 晩春に種をまいたコスモスは、とても遅咲きだった。5日ほど前に純白の花が一輪ひらいた。ずいぶん待ったなあ。たった一輪、と思っていたら、花の下にもうひとつ つぼみをつけている。
 温和な気候の11月、本格的な雨が降ったのは一日だけだ。この小春日和が続く間に、なごりの花も咲くかしら。公園や河原土手のコスモスはどこも花期を終えているけれど、のんびり育ったコスモスのために、もう少し植え替えを待ってみよう。
 このコスモスには、いろんなところで採取したてんとう虫が常駐して、よく巡回していた。自分で連れてきたてんとう虫だが、見かけるとそのたび、「発見!」と感じて、日々の愉しみとなっている。
 昨日は、都立水元公園と埼玉県立三郷公園を自転車で廻った。目的は、てんとう虫探しと、飼いカメの冬眠用落葉拾いだ。
 水元公園のグリーンプラザを通った時、花壇のボランティアのご婦人に、「(お花) きれいですね」 と言うと、
 「こんな日は、外がいいよねぇ」 と笑顔でこたえた。
 「そうですね」 と心の底から相槌を打つ。
 てんとう虫が入った不織布と、桜とモミジバフウの紅い落ち葉の入ったビニール袋を自転車の前かごに乗せて帰宅した。
 てんとう虫は小庭に放ち、冬眠時の布団用に確保した落ち葉の数枚をカメの水槽に入れた。
 カメはこのところ寝ている時間が長くなった。秋日和とはいえ、冬眠へのカウントダウンははじまっている。

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