ユーコさん勝手におしゃべり

12月28日
 昔の話をしてるとねぇ、「昔はよかったなぁ」と、勘違いしちゃうんだよ。

 青木書店には店番机が二つある。店の奥に店主のカウンターがあり、入口の近くに私の作業台がある。
 来年90歳になる常連のお客さんが来店し、本を買ったついでに店主と話をしていた。生まれも育ちも地元の方で、
 「何十年も前のことだから、忘れちゃったなあ」 と言いながら、戦前のここらへんの状景のことなど話してくれる。何気ない会話の中に時々、はっとするような金言が出てくるので、私も少し離れた自分の机から耳を傾けている。
 冒頭の一行が今日のそれで、思わず手近にあるメモ紙に書きとめた。
 書いているうちに話は別の方向に向かっていったけれど、「過去を懐かしみつつ、現在の平穏に感謝する」気持ちが伝わった。謙虚な美しいことばだった。

12月27日
 昨晩、一通のファックスが来た。受信はしたが、電話機の画面は真っ白で、印字してみても同じだった。
 電話番号の表示もなかったので、どこから来たものかわからない。普段電子機器にかかわりがない方から、図書館などの公共機関で当店に該当の書籍があることを知り電話やファックスで注文をいただくことがある。
 受話器のむこうに、袖振り合うも多生の縁を感じることで、インターネットの注文と同じように丁寧に対応する。
 しかし、白紙のファックスからは相手の気配すら推測できない。年の瀬に来て、淋しい白い通信だ。
 何かの拍子に紙が裏だったことに気付いて、電話かハガキでもくれればいいのだけれど、と思っている。

12月18日
 12月になると栃木県鹿沼へそばを食べに行く。今年も14日に山あいの前日光つつじの湯で、温泉、そば、温泉、そしてそば、という一日を過ごした。
 場所柄、雪の便りが聞こえる前の12月に行っておかないと、春まであのうまいそばにありつけない。
 市街地を通過し、車は山に入ってゆく。山から川が流れ、川に沿って道がある。永野川、思川、粟野川、荒井川、大芦川…、どの川沿いにもそば畑がありそれぞれうまいそば処がある。しかし道はどれも一本道で、山林にはばまれ、横には行けない。平地のようにあちらの道を抜けてこちらに出るというわけにはいかず、気楽に食べ歩ける環境にはない。それだけに、丁寧な仕事と清流が守られ、目標を持って一日かけても行きたいそばがある。
 店主は根っからそば好きである。そば屋では真冬でも冷たいもりそばしか頼まない。横浜出身で麺ならそばよりラーメンに親しんできた私には最初不思議だったが、いっしょにそば屋に出かけているうちに、自分も、「やっぱりそばはキンとしまっていなくちゃ」などと言うようになった。
 14日、天気予報は雨のち晴れだった。粟野川沿いをさかのぼり、つつじの湯の手前の賀蘇山神社へ立ち寄った。雨に洗われた南天の実の赤と黄が目にまぶしい。歴史を感じる境内から、うらの右裂山へ登ってゆくルートの案内看板があった。
 「来年はここを歩こう」 と店主と話がまとまる。何度も来ている道でも、少し脇に入ると新しい発見がある。
 温泉開場の10時早々につつじの湯に着き、地元の観光パンフレットを見ると、荒井川沿い久我の加蘇山神社にも右裂山への登山コースがあった。こちらもそばがおいしいところだ。
 賀蘇山神社と加蘇山神社は、どちらも右裂山までの登山道があり、千年以上も前から、信仰を持って自らの足で歩く者のみが行き来できたのだ。地図には載らない横の道の存在にわくわくしながら、雨上がりの露天風呂につかる。空気は冷たいが、
 「来年も春が来るよ。ここに、こうして」 と桜とハナズオウの花芽がいう。露天風呂に垂れかかるようにゆずの木がある。実がたくさんついているが、湯から手の届く範囲だけもう実がないのがご愛嬌だ。
 風呂から出て、そばと名物のじゃがいもの味噌和えをたいらげる。ゆったりとした休憩室があり、持参のまくらと毛布と本で一日を過ごす仕度は万全である。
 朝からいる地元の人は昼過ぎに次々帰ってゆく。平日で、日が暮れる頃には人も少なくなる。休憩室にもお客さんは2・3組しかいない。
 夜、誰もいない露天風呂の上に、まん丸の月が輝いていた。
 「15夜かな。帰ったら月齢を調べよう。」 と思う。
 今年も、新そばをおいしくいただき、丸い月といっしょに、帰った。

12月12日
 寒風と小春日和がゆりかごのように行き来していたこの12月だが、先週末から容赦なく冷え込んだ。
 家の中の適当なところにいて、たまに洗面台の下にやって来ては水浴びを要求していた飼い亀も、動きを止めて目を閉じた。庭に冬眠の仕度をして、昨日冬眠水槽に亀を移した。黒土に水を入れて泥んこを作り、あちこちで拾い集めた落ち葉を入れ亀をのせて、さらに落ち葉をたっぷりかけてフタをする。
 一夜明け、今朝洗面台を見たら、もみじの入ったビニールがひとつ残っていた。そっとフタを開け、しーんと静かでもう意識もないはずの亀の上に、先月南房総小松寺で拾った紅いもみじをふわりと乗せた。
 すっかり冬の空気になる直前の先週木曜日、千葉・木更津のうまくたの路へ散策に出かけた。
 寒くなって行けるところも限られてきた。インターネットで見つけたハイキングコースに、私が「湿原もあるよ」と言うと、自称「湿原ハンター」で数年前から尾瀬をはじめ各地の湿原を歩いてきた店主は、「え?山でもないのに何故」と驚いていた。
 市街地から久留里線の線路沿いを車で走ると、景色はのどかな里山になる。可愛い木造駅舎の馬来田駅近くの公民館でハイキングマップをもらって、春には菜の花と桜で彩られる武田川土手をゆく。民家がなくなり、すすきヶ原がひろがる先は、川幅が次第に細くなり湿原の様相になる。
 木道が整備されたハンノキ湿原の行き止まりに「いっせんぼく」と呼ばれる湧き水がある。これが武田川の水源で、昔、千もの泉がぼくぼくと湧き出ていたところから「いっせんぼく」といわれたのだいう。水がぼくぼく湧き出て小川となってさらさら流れ、大きなくぬぎの木の下は、いのししがどんぐりを探した跡のぬかるみがいくつもあった。
 湿原をぐるりと回った帰り道、一人で散歩に来た地元のおばあちゃんと出会った。86歳になる元気なご婦人と、ベンチに腰掛けてひとしきりおしゃべりをして、穏やかな最後の小春日和を楽しんだ。

12月6日
 前回この勝手におしゃべりで、浅草東洋館へ行ったことを書いた。
 事前のスケジュール表には「淳とチャンス」と表記があり、実はその日の目当ては、真木淳とチャンス青木のコントだった。楽しみにしていたのだが、、何の説明もないままに「淳とチャンス」の出番は飛ばされ、笑い続けているうちに終演となり、
 「今日は都合がわるかったのかね。まあ良かったね。」 と帰宅した。
 内海桂子師匠94歳を筆頭に、東洋館の楽屋の高齢化が笑いのネタにされてはいたけれど、どの芸人も踊って歌って笑いとばしていた。
 今日ふと見たインターネットニュースで、チャンス青木さん死去と書いてあり、驚いた。11月29日に亡くなり、今日発表したそうだ。
 まさに見事な生涯現役の舞台人生でした。
 ご冥福をお祈りします。

12月1日
 浅草東洋館に出かけた。12月から2月はどうしても野山に行く回数が減り、休日を半日寄席見物で過ごすことが増える。今日は師走の漫才大行進の初日だった。
 11月の終盤、晴れた朝は、近隣を紅葉散策に歩いた。
 飼い亀の冬眠用の落ち葉ふとんは、もう充分集まっているのだが、色味の良い葉を見るとつい拾って帰りたくなる。
 都立水元公園では、黄金色のいちょうと深紅のモミジバフウを袋に詰めた。
 先日は、店主とバイクで松戸市戸定が丘歴史公園へ行った。江戸幕府幻の16代将軍といわれる徳川昭武の邸宅と周囲の庭園からなる公園で、葛飾から江戸川を越えるとすぐの場所にある。芝生の上に降って乾いたもみじ葉が美しく、亀へのおみやげに拾い集めた。近くに一人ご婦人が落ち葉を見つめている。店主や私のようにごそっとではなく、吟味して二三枚を手に取った。店主が
 「何にするんですか」 と聞くと、
 「絵を描くのです。」 と言う。
 「ホラ、これなんかいいでしょう。裏と表もこんなに違って、いろんな色がグラデーションになっていて。」
 「何で描いているんですか」
 「水彩もパステルも油も、何でもやるの。その時々で、葉書くらい小さいものも、100号の大きいのも描くわ。」
 毎日描いているというご婦人は、今日はこの葉を持ち帰って描くという。
 「でも、昔はどこにでもあったはずの植物がなくなっちゃってね。ざくろとか、からすうりとか、探してもないの。ざくろは近くの八百屋さんに、大きいのが入ったら教えてって頼んでいるの。でも、からすうりはね、なかなかなくて。」
 「そうですか」 と話しながら、からすうりの橙色の群生が頭の中にはひろがったのだけれど、それがどこだか思い出せなかった。
 そして、そのまま数日がたち、今日、お風呂に入ったら、ふと
 「あ、市川の動植物園だ」 と思いついた。
 市川市の動植物園に連なる大町自然観察園の谷津の森にたくさんのからすうりが鮮やかで記憶に残っていた。
 「ああ、あの時すぐ思い出せれば、松戸と市川なら近かったのにな」 と思った。
 今日は、東洋館で大いに笑った。舞台に立つ芸人さんたちはプロで、当意即妙に客席と掛け合いをして、なぞかけのお題をもらったりしていた。でも、ちょっとしたタイミングをはずした時とか、舞台を降りたあと、何日たっても、
 「ああ、あの時ああ言えばよかった」「あ、あの手もあったか」 とフラッシュバックして、叫びたくなっちゃうこととか、あるんだろうな。
 と、芸で身を立て、上手い下手と、即時に評価される人の厳しさを思った。

11月のユーコさん勝手におしゃべり