ユーコさん勝手におしゃべり

4月22日
 北上。
 花を追って、風を追って。
 「そばが食べたいね」と店主がいい、先週は南風に乗って前日光へ行った。高速道路は使わずに、車窓の景色を見ながら東京をぬけ、江戸川沿いに千葉県を走る。利根川を渡って茨城県に入り、栃木県へ向かう。
 田んぼ、麦畑、そば畑が断続的に続き、地元のスーパーや農産物直売所に寄りながら、期待をふくらませる。とちおとめの産地らしくイチゴをレイアウトした「ベリーナイスな安全運転」という交通標語の大アーチが掲げられた広域農道を通って、鹿沼市粟野町へ入る。
 一軒目のそば店の前には小川が流れていた。もくれんが咲いていて、季節をさかのぼったことを教えてくれる。おいしくそばをいただき、外へ出るとカエルの声がした。庭木の手入れをしていた店の奥さんと、
 「カエルがいるんですね」
 「ええ、鳴き始めましたね」 と会話を交わす。
 つつじで有名な城山公園へ寄る。うぐいすの声が遠くに聞こえた。山の斜面いっぱいのつつじは咲きはじめで、「あと10日くらいで見ごろだなあ」と地元のおじさんたちが教えてくれる。
 そこからいよいよ目的地、前日光つつじの湯へ。ふっと風が冷たくなり、桜の花がむかえてくれた。ここのそばをいただくのが、本日のメインイベントである。温泉も、入ると肌にツルリとまとわる優しい湯だ。一人で露天風呂に浸かっていると、後ろから大音量のうぐいすの声に呼ばれる。ふりむくと、すぐ背後の男湯と女湯を隔てる垣根にうぐいすがいた。風呂から出て休憩室へ行くと、店主も
 「びっくりしたよ、『ホー! ホケキョッ!!』ってどこかにスピーカーでもついているのかと思った。」 とやはり同じ声を聞いていた。
 風呂に入って一休みして大盛りそばを食べ、また浴場へ。夕暮れが迫ってもまだ鳴いていたうぐいすも、露天風呂に灯りがともるころには静かになった。
 ゆっくり休んで外に出ると、温泉施設の軒下でつばめが何組も営巣していた。
 暗くなった帰り道、昼間1・2匹のカエルの声に「カエルがいるんですね」と言ったことが恥ずかしくなるくらい、車の前後左右からカエルの大合唱が聞こえてきた。
 今週はさらに北上して、那須高原へ行こうと思っている。週末予想外の寒波があり全国的に季節が戻ったが、今の時期にしか見られないものが、きっとあるだろうから。

4月17日
 先週、駅前で信号を待っていると、黒くて小さいものがスッと頭上を通った。堀切菖蒲園の駅舎に今年もつばめがやってきたのだ。
 あれから1週間、あれよという間に、つつじ、さつき、ハナミズキ、藤、ぼたん、4月5月に咲く花が一気に満開となった。寺院の庭で、公園で、あちこちが色と香りであふれている。
 昨日実家へ行くと、水槽の金魚がいつになくにぎやかしい。母に尋ねると、
 「昨日、卵産んだのよ」 という。
 それでみんなして、水槽の底の砂利石や水草を口に含んでは出し、含んでは出ししているのだ。
 「ほらね、ガラスにもよく見ると、卵が丸くなって付いてるでしょ。」
 なるほど透明なのがいくつもある。
 「囲ってやれば殖えるけど、もうスペースもないし。そのまんましてるの。」
 金魚にとっては、いつもと違うごちそうなんだろう。前日卵を産んだメスも、メスを追いかけて卵を受精させたオスも、そんなことはすっかり忘れて宴席についている。
 人の考える善と悪の枠組みなんて、関係ない世界の方が、自然全体からみればずっと多い。
 産卵で活気づく金魚の水槽に、自分の立っている場所全部より、金魚の水槽の方が広いように感じた。

4月12日
 2月の末に骨折して7週間を病院で過ごした母が昨日退院した。
 スポーツに怪我はつきものとはいうものの、グランドゴルフ中、痛恨の大腿骨骨折だった。
 過ぎてしまえば長かったようで短い。週2回ここ東京葛飾から、実家のある横浜の病院まで電車とバスを乗り継いで、2時間ほどの車中を、カポーティを供として過ごした。以前から好きで読んではいたが、今回集中して読むときを得た。物故の作家は作品数が限られている。若くして亡くなっていればなおさらだ。 同じ作品の訳者の違う新訳も、目を新鮮にして読んだ。
 母の回復に伴って、残りの冊数も少なくなってきて、惜しみ惜しみ読む。読み終わりより母の回復のほうが早かったのは、うれしいことだ。
 一時は今後のことを心配もしたが、前向きを絵に描いたような母である。失うものは数えず、しばしば見舞いに訪れる友人たちと歓談し、復帰を約束していた。
 退院の日の夕刻、隣家の奥さんが、
 「今日、主人が掘ってきたのよ」
 と大きなたけのこを2本持ってきてくれた。「今日精米したから、ぬかもあるわよ」 と。
 すてきな退院祝いだが、大きな掘りたてのたけのこにちょっと困惑した。いつもゆでたけのこを買っているので、扱ったことがないのだ。すると食卓のイスに座っていた母が、
「大鍋で茹でよう。あんたは茹でたのを持って帰ればいいよ」
 と言って、てきぱきと指示し、床に新聞紙を敷いて皮をむき始めた。
 夕食を食べている間にたけのこはきれいに茹で上がった。母の前向きは本物だった。
 「これ以上は曲がらないからゴミは拾えないのよ」 と笑っている。床のたけのこの皮をまとめてゴミ袋に入れるのは私の役目だ。出来ないことは表明し、口と手は自在に動かす。
 今しばらくは実家に通う回数も多かろうが、私がカポーティを読み終わる頃には、
 「えぇっ?! もう出かけてるの」 ということになりそうな気がする。

4月4日
 都内は今年やたらと早く桜が咲いた。
 「桃より早く桜が咲くのか?!」と驚いたが、何度も寒波が来たり、急にあたたかくなったりして、桜の開花プログラムが作動したらしい。
 桜系の花は皆早いのか、染井吉野も散りきらぬうちに八重桜が咲き出した。そこここの公園や庭先で、芝桜もチューリップも満開に近い。
 二日続けて寒い雨降りが続き、今日は朝からおだやかに晴れた。店を開ける前に、花を愛でに足立都市農業公園へ出かける。ここは50種の桜が植えられていて、4月中、次々花が楽しめる。
 見渡せば、ツツジやサツキもつぼみがほころびはじめた。
 日ざしが明るく強くなったことは、店で仕事をしていてもわかる。私の席は、店のウィンドウ側にあり、ウィンドウを背にしてパソコンを打っている。本が焼けないように日除けを出しているが、外の均一台に日がかかるようになると、更にUVカットのネットを垂らす。
 冬の間は不要な日除けネットを、今日初めて垂らした。太陽はたくさんの恵みをもたらすが、本を着実に老化させもする。どんなものでも功罪は相半ばだ。日の恵みも受けるからには、秋まで半年間は心して日除けネットの管理をしよう。

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