ユーコさん勝手におしゃべり

12月20日
 樋口一葉さんがお札になって久しい。新札発行の頃は話題にのぼったが、すっかり使い慣れて気にすることもなくなっていた五千円札を財布から一枚出して眺めた。年齢を感じさせない無表情だった。
 と、そんな気分になったのは、NHKからメールの連絡があったからだ。以前青木正美が出演して、当店でも撮影が行われたハイビジョンドラマを再放送するという知らせだった。
 「何か不都合があれば」
 と丁寧な内容だったが、不都合などないので、
 「どうぞ。かえってありがとうございます。」 と返答した。
 地デジ化になったらテレビ自体から足を洗う予定で、ハイビジョンテレビにも対応していない当店は、再放送でも見ることはできない。ともあれ、ロケの当時のことやビデオで見た放送の断片を思い出した。
 今月23日11:30から13:20、NHKデジタル衛星ハイビジョンで、「恋する一葉」(2004年制作)が再放送されます。物語の中で、当店の店内や一部書庫がご覧いただけます。瀬戸内寂聴さんも御出演です。よろしかったら御高覧下さい。

12月18日
 先日福島へ出かけた。豊富な温泉に恵まれた地を満喫した。
 15日の昼過ぎ、帰宅の途につこうと乗り込んだバスの車窓から、ひらりと一瞬白いものが見えた。
 「あれ?」
 さっきまで空は晴れ渡っていたのだ。少し陰ってはきたけれど…、と思っているとまたウィンドウ越しに上から下にひらり。今度はじっと上を見つめた。曇った空からは何も落ちてこない。しかし車が発車するタイミングで再びひとつ来た。
 雪だ。雪を見た!
 「雪だよ。私、三粒 雪を見たよ」
 と同じバスにいる店主に報告した。
 今年の初雪は思いもかけず旅先で見た。
 北国の人なら珍しくない雪の降り出しだろうけれど、旅のよい思い出となった。

12月12日
 興味がなければ世界は狭い。
 今朝堀切菖蒲園へ散歩に行った。特に何があるわけではない。ひと気も少ない。でも一周する間には、冬桜が咲き始めているし、サザンカはあざやか、雪囲いをしたぼたんには大きなつぼみがついている。わくわくすることはたくさんあった。先日も別の公園を散策中、銀色でホワホワの毛に包まれた芽をみつけた。「ネコヤナギだ!」と思ったら、木に「こぶし」の名札がついている。春、桜とともに花もきれいなこぶしは花芽にも見せ場があるのかと初めて知った。
 一見冬枯れの菖蒲園で、物見台から園内を見渡す。
 もし植物にも虫にも興味がなかったら、小さくてつまらないただの地面だろう。自分自身の生活でひたすら忙しかった20年くらい前、ここに暮らしていながら菖蒲園には足を運ばなかった。興味の範疇外だったのだ。今も「何が面白いんだろう、ふうん」と思う分野はある。でも仕事柄、どんなことにも尽きない興味を持つ人がいることを知ったし、その人のフィルターを通してみれば、どんな難解なことにも、どんなに単純に見えることでも、面白さは無限にあるとわかった。だから何を見ても、ああもし誰々ならこんな風に感じるだろう、とか、もしこれが何ものかわかればきっと面白かろうと思えるようになった。
 自分のいる面積はかわらず、見える範囲は同じなのに、それだけで世界は以前より深く広くなった。
 そして今日の散策ポイントのひとつである池に目をやる。もう亀たちの姿はない。
 「全員 もぐったか」
 と確信して帰宅。うちの飼い亀も冬眠させることにした。昨年まで冬眠の際に使っていた水槽に仕度をしたが、亀が昨年よりひとまわり大きくなっていて、その水槽では身動きできない。
 「これじゃ井伏の『山椒魚』だわ…」とひとりごちて、亀を出す。
 今暮らしている水槽に土を入れ、水を差す。亀をのせて落ち葉をたっぷりのせて蓋をした。陽の当らない園芸用品の入った棚に入れる。今まで亀のいたところには、その棚の上に置いてあった冬珊瑚の鉢を置く。冬珊瑚の実はオレンジに色づいて、亀のいない場所を春まであたためてくれる。
 「おやすみ」と声をかけて棚の扉をしめた。
 チューリップが咲き終わったころ、また会おう。

12月6日
 今年も師走となった。毎年巡ってくる12月だが、来るたび慌ただしい気分になる。不思議なことである。
 始末したい本能があるのだろうか。人生が一本の棒、あるいは年表のように帯状のものなら、生から死まで一直線に流れていくだけなのに、まるでそれは、はつかねずみのケージにあるまわし車のようにぐるぐる回っている。一年で一回転、そしてまた一回転と、ゴールに向かう様子もない。それでもいつかハッと顔を上げると輪から抜け出してゴールが見えるのかしら。
 ボーナスもなく、自助努力以外昇給もない自営業を長く続けているので、歳末だから、年度末だからといって、けじめの日があるわけではない。
 それでも世間の雰囲気に圧され、何かを片付けねばと思う極月である。

*『古本屋五十年』(ちくま文庫)・『古書肆・弘文荘訪問記-反町茂雄の晩年-』『ある古本屋の生涯-谷中・鶉屋書店と私』(日本古書通信社)のカバー画をかいた青木有花が、12月13日(月)から23日(祝・木)まで東京八重洲地下街のギャラリー八重洲・東京の「世界一小ちゃい?!ミニ絵画展」に参加します。イラスト10点を展示します。お近くへお越しの際はぜひお立ち寄りください。

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