ユーコさん勝手におしゃべり

1月21日
 店主は蕎麦好きである。
 「お昼はそばにしよう」というと行く店は決まっている。車か自転車で橋を二つ渡って南千住まで行く。今日も車で買い物に出るついでがあったので、「昼はそば」に決まった。
 いつものように大盛りを気持ちよく食べて、(「ホントにおいしそうに食べるから、見てると気持ちいいのよ」と、店主が食べているとわざわざそば屋のおかみさんが見に来ることがあるくらいだ)駅近くの駐車場まで私と店主の二人で歩いていた。路地の曲り角から中年のご婦人とご老人が出てきて、すれちがうとき店主が、
 「こんちわぁ、今行ってきたんですよ。うまかったですよ。これからですか」
と、うしろを歩いていたおじいさまに声をかけた。
 「イヤ、今日は行かないです」 と、たぶん笑顔で答えた。
 「そうすか。お大事にぃ」
 「ああ、どうも」 とお互い軽く頭を下げて歩いた。
 さいしょ私は、「知らない街なのに、知り合い??」 と思ったが、おじいさまの顔を見ているうちに、「あ、いつもそば屋にいる人か」と思い立った。私たちが行く11時頃、そば屋のテーブルで一人昼食をとっている人だ。
 今日は少し具合が悪いらしくご婦人の後をゆっくり歩いていた。
 「おそば屋さんで会ってもあいさつなんかしたこと一度もないのにね。びっくりしてたね」 と言うと、
 「そうだな。そば屋では食べることに集中したいからな。
 でも、何でお大事になんて言っちゃったんだろう。」 と店主は首をかしげた。
 私は何だかうれしいようなおかしいような気がして、笑いがこみあげてきた。そして、おじいさまはきっと元気になって、早めの昼食をとりにまたあのそば屋に行くことになると確信した。

1月11日
 昨日の朝、庭に黄色いジャスミンを一花見つけた。さいしょの一輪を見る喜びは何ものにも代えがたい。花屋さんには暮れからたくさんの花をつけて売られているけれど、自然の太陽に季節を感じて開いた花は、格別だ。本格的な開花期はまだ2、3ヶ月先だが、自力でさいしょのひとつとなった彼に、開拓者、あるいは実力者、と名前をつけよう。
 明日は雪が降るやもしれぬと天気予報が告げた。

1月9日
 年があらたまり1週間が過ぎた。日は少しずつ伸び、見られる花の数が格段に増えた。
 年末の主役は花より赤い実だ。南天、万両、ピラカンサス…各戸の庭に赤い実が鮮やかだった。
 年が明けて、横浜の実家に行くと庭は水仙が満開だった。特に手を入れなくとも毎年咲き増える。健気な植物だ。紅梅も咲き始めた。パンジーやビオラも花数を増やしている。今日が寒くても確実に春に向かっていると、この花の顔を見ると、いつも思う。
 本を売ることを生業としているが、個人的には本は楽しみでもある。
 昨年の1月25日、この欄にこんなことを書いた。
 「いっしょに行った店主が、国際子ども図書館の企画展「童画の世界」も見たいというので、足をのばす。企画展をみた後、2階の資料室へ行き、そこで大きな出合いがあった。特に目的もなく目を楽しませていると、店主が「この本見て。すごいいいよ」と言う。"L'ultima spiaggia"というイタリアの絵本で、一ページずつ絵の力に引き込まれていくのだが、いかんせんイタリア語なのでストーリーはわからない。よくわからないが、すこぶるおもしろい。画家の名前はRoberto Innocenti(ロベルト・インノチェンティ)、図書館員の方に他の本も出していただくが"L'ultima spiaggia"が一番だった。
 カラー絵本の中でただ一人白黒だった人が、カラーになったとたんに逮捕される。旅人あり人魚あり海賊船長あり、崖あり海あり飛行機に車に…。
 どこか日本語版を出してくれる出版社があれば、すぐ購入します。ぜひ読んでみたいものです。」
 書き留めたことは忘れない。そのまま頭の片隅にあった。それが今朝、店主がたまたまTVをつけたらブックレビューで、この本が出た。傍らにいた私に店主が「見て」と言って、TVのヴォリュームをあげた。『ラストリゾート』という題名になっていたが紛う方なきこの本だ。昨年9月に発売されていたと知り、さっそく注文。来週の到着が楽しみだ。
 本は不思議なものだ。思い出と同じように消化されて、自分の中に入ってゆく。内容は脳内に住みつき、手元に本の形は残る。脳内に住んだ内容は微妙に原典とニュアンスをかえたり、自分の今までの常識に影響を与えたり、いつの間にかいなくなったりする。
 先日、時々お電話で注文をいただくお客様に本を送った。以前にも何度かこの欄に書かせていただいた佐賀の方で、問い合わせの電話をくれ、ちょうどよい本があると現金書留でお金を送ってくれる。同じ文学書を何度か送っている。今回の書留にお手紙が添えてあった。
 「ポンポン他人に本をくれてしまう性格を今年は少し直すべきなのですが 見込みのある若い人を見ると どうしても本を見返りなしでやってしまいます 本当に馬鹿で困ります」 と書いてある。
 種をまく、ということばが頭に浮かんだ。本は自分の身になるだけでなく、自分の居場所を耕すこともできるらしい。

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