ユーコさん勝手におしゃべり

9月24日
 十五夜を見ようと、店を閉めてから、近所の歩道橋の上に行く。
 以前はよくあった歩道橋は、次々撤去されて、ほとんど見なくなった。町内では唯一ここだけ残っている。
 ここは、高架の堀切菖蒲園駅のホームと同じ高さで、線路と平行してすぐ横にある。昼間は電車の写真を撮る人を時々見かけるくらいで、利用している人はあまりいない。私も普段は下の横断歩道を渡るが、夜 月を眺めるのにちょうどよいので、年に何度か登っている。
 満月は歩道橋の東端にあった。南上空に火星があり、西の川向こうにスカイツリーが見える。
 月・火星・スカイツリーが等間隔で並んで見えた。その下に建物があり、足もとを流れるように車が走る。
 「おもしろいな、こんな絵が描けたらな」 と思うけれど、帰ってきて紙におとそうとすると、脳裏には図があるのに、再現はできない。
 街の灯りの色とともに思い出すだけだから、せめてこうして、文字で残そう。

9月19日
 できかけの綿あめのような雲が上空にあり、低空にはもくもくと夏の雲がある。高く青い空に秋と夏、二つの季節が浮いている。
 続く秋雨の晴れ間に、埼玉・高麗の巾着田へ行った。
 何年か前から彼岸花の群生地を見に行こうと、店主と言っていたのだが、この時期はいつも雨にはばまれ、なかなかタイミングが合わなかった。 「縁がないのかな」と思っていたが、今秋、ちょうど日程と天候が合致した。
 (旧)高麗郡という地名からして歴史の謎を感じさせる。渡来といっても海から遠い土地で、何故そこに、いったい何があったのか、好奇心をくすぐる。
 曼珠沙華は満開で、木洩れ日を浴びて夢の中のようだった。巾着田を一周巡り、民俗資料館、高麗郷古民家、高麗神社、聖天院と見て歩く。
 歴史は飛鳥・奈良時代までさかのぼる。高句麗・百済・新羅、中学校の社会科の教科書の最初の方に載っていた記述をぼんやりと思い出す。
 この地には濃い歴史物語があるはずなのに、ことさらに主張せず、静かな農村を守っている。門の前に栗や野菜の無人販売台が並んでいた。 その風情に興味は尽きず、帰宅後、朝鮮半島三国時代と日本(倭国)について、インターネットでおさらいした。
 町村合併等で旧地名がなくなり、忘れられる。誰かがうまく残してゆかないと、歴史の道は アスファルトを流したように、平らで滑らかな道路になり、もとは何もなかったことになってしまう。

9月16日
 飼い亀の頭が良くなった。
 今まで、のんびりと日々のルーティンをまもり、日がな一日ひなたぼっこしているかに見えたカメが、先日の脱走以来、脱走欲に目覚めた。
 昨日、今まで登ったことのない背の高いプランターの上に、カメが乗っていた。
 「乗ったはいいけど、そこから行き場はないねぇ」
 「どうすんのかな。また頭から落ちるようにおりるのかな」
 「見晴らしが良くて、気持ちよさそうだね」
 と店主と話していた。 そこが気に入ったようなので、そのまま様子を見ることにした。
 今朝になっても、カメは同じ場所にじっとしていた。
 「何考えてるんだろうね」
 と、まさか何かを考えているとは思わず、笑って見ていた。
 私はその日の予定通り、横浜の実家に出かけた。
 そして、数時間後、店主が外に出ると、カメの姿が見えなかった。 「アレ?」 と思って捜してみたら、プランターの上のラティスを1メートルほどよじ登っていた。アイビーがからまっているので、落下せずうまくクライミングできたらしい。あまりおもしろい図なので、写真を撮ってから下に降ろした。一回で成功したのではないらしく、頭には少し傷があった。
 プランターから垂直に上に登っても脱出はできない、とタカをくくって店に入り、また数時間後、近所の奥さんが、
 「カメさんが出そうですよ」
 と店に声をかけてくれた。 店主は
 「まさか」
 と思いながら外へ出た。
 カメには確実に知恵がついていた。
 先ほどとは別の地点から斜めにラティスを登って、以前脱出に成功した柵の上を、まさに越えようとしているところだった。前回は木の柵の下部が腐って一本はずれたのに乗じて出たのだが、柵は強化されたので、今回は柵の上に狙いをつけたのだった。
 夜帰宅した私は、壁を登るカメの写真付で、この話を聞いた。
 今年になって急に頭の良くなったカメについて、店主は、「エサにあさりを食べているせいだ」 と言う。冷凍のむきみあさりをあげたら、とても喜んで食べるので、今夏常食させていたのだった。
 「縄文人も、あさりを食べるようになって急に頭が良くなったんじゃないかと思うんだ。貝には脳を活性化させる何かが入っているんだよ、きっと。」
 と言う。私は、
 「誰かの生まれ変わりじゃない? 最近亡くなった誰かの霊が、カメに入ったとか」
 と口に出してから、くるりと考えた。
 「あ、おじさん…」
 この9月に104歳で亡くなった母方の大おじさんがいる。幼いうちに、北海道に養子という名目の奉公に出された。あまりにつらくて、大人のうしろについて、改札を抜け、連絡船と汽車を乗り継いで、黙って一人で新潟の生家まで逃げ帰ってきたという逸話がある。
 その後、苦学して東京で働きながら学び、一代で財を成した。100歳を過ぎてもかくしゃくとしていて、最晩年まで私の母とも交流していたが、昨年私の母が亡くなり、この9月に大おじさんも亡くなった。
 カメが脱走を始めるのと時を同じくして…。
 「まさか、ねぇ」
 と自分の思いつきに苦笑しつつ、母から聞いたおじさんの脱走から始まる苦労話を、こうして回想するのも、供養のうちか と思うのだった。
 今日、横浜の実家の庭には、彼岸花が咲いていた。

9月11日
 「わたしは いつ?  ここは だれ?」
 午睡から目覚めた時、ここがどこで何をしているのか、ふとわからなくなった。
 「何でもないようで、意外と疲れたんだな。」
 とボーっとした頭で考えた。 短時間だが深く眠って、すっきり仕事に戻った。

 9月も二週目に入って、急に空が高くなった。自転車で荒川土手に出かける。 路地とその上に細い空の連なる町をぬけると、荒川放水路の土手は広い。大きな空がぐるりと広がり、雲がきれいに走っていた。
 天変地異の続く夏だった。その全てを知らぬ顔で、空は青く高く、季節は秋にかわっていた。
 堀切橋から、荒川を海に向かって南下した。平日の朝は人も自転車も少なくて、カニが横歩きに渡ってゆく。沿道には、咲き初めた萩と名残りのひまわりが並んでいた。
 鼻腔に海のにおいを感じたら、長い荒川河口橋を渡って夢の島へ向かう。新木場から若洲海浜公園へ、海沿いにサイクリングロードが続いている。
 この道は、いつも車で正面玄関先を通るヘリポートやゴルフ場の裏側を走っていて、この街の海との近さを実感できる。
 ゲートブリッジのたもとの海釣り施設まで行き、海に向いたベンチで自転車を停めた。上空に羽田空港を発着する飛行機の腹を見ながら、おにぎりを食べた。私が3こ食べる間に、企画から帰宅まで道案内役の店主は6こをたいらげていた。
 すぐそばの地面で、ハクセキレイが尾をチョコチョコ振っている。人工の中で守られた野鳥は人をおそれない。 店主が、
 「片道22km。往復44kmちょっとだな。 そろそろ帰ろうか。」 と言う。
 自転車を帰路に向けて、もと来た道をおさらいする。
 帰りは向かい風で、風が快い疲れを教えてくれた。

9月4日
 事件は むこうから やってくる。
 カメには破れるわけはない、と思っていた小庭の柵の外にカメは出ていた。
 「お宅のカメじゃない? 脱走してますよ」
 とどこかのおじさんが店内に声をかけた時、店主は
 「まさか」
 と思った。 「誰かイタズラしたのかな」 と半信半疑で外に出ると、隣家の前の道にカメがいた。 甲羅の脇に柵と同じ水色のペンキが少しついていて
 「あっ」 と合点した。
 カメが冬眠からさめた後、彼女が出ないように取り付けた木製の柵の下部が腐蝕していた。
 柵の間から手や首を出して、彼女はよく外を眺めている。脱走したいという気配を見せたことはなかったが、折あらば散歩に出たいと思っていたのか。 手で押したら一本だけ腐ってはずれた柵の隙間から、必死で体をねじ込み、水色のペンキ跡を甲羅に残して、外へ出た。
 脱出には成功したが、あっけなく道往く人に見つかってしまった。
 すぐに店内に連れ戻されたが、悪気のないものは説教されるでもない。
 ただでさえ忙しい週明けの月曜日に、仕事が増えて 「ヤレヤレ」 と苦笑いをしながら、店主は材木を取りに書庫へ行く。
 いつでも書棚の増設・補修ができるように、材料は用意してある。店主が寸法を測り柵を制作する間に、私はペンキや刷毛を準備する。
 カメはとりあえず段ボール箱に入れられ、柵は新作された。
 ペンキが乾くまでの間に、梱包のできた本たちを郵便局に持って行き発送する。
 夕方、店主が 見た目は以前と変わらない木製の柵を小庭のカメスペースに取り付けて、カメを戻した。
 「カメ、どうしてる?」 と聞くと、
 「自分でとっとと水槽に入って、もう寝てる」 と言う。
 「もう暗くなったもんね。気楽なものだね」 
 「うん。今度の雨が終ったら、道路側の柵も、点検しないといけないな。」
 「そうね、またペンキ塗っときましょ。それだけでずい分違うでしょ。」
 「そだな」

 これが昨日のことである。「大型の台風21号が日本に迫っている」という予報が刻々と入っていた。 「台風が来る前で良かったね」 と言い合った。
 最近の雨の多さのせいだろうか。春に取り付けた柵が腐るなんて、はじめてで予想外だった。
 他にも今夏は、電化製品の不具合や 思わぬ家の修繕があった。内部で何かを変えようと思わなくても、事件は勝手にむこうからやってくる。
 日常の業務の合間にアタフタと対応に追われながら、
 「時がたてば、みんな思い出。大変なこと程、笑い話になる。」
 と、エピソードに尽きぬ生活を楽しんでいる。

8月のユーコさん勝手におしゃべり
それ以前の「おしゃべり」