ユーコさん勝手におしゃべり

6月12日
 朝、店主が、「おはよう」というなり話し出した。
 「東京マラソンの公式ビスケットのさいごのひと味が決まらなくて、都知事が、『今、決めてますから』 と、記者会見をひらいた。」
 「それ、夢でしょ」
 「うん。夢で、さっきね。
 味は全部で8種類あるんだけど、会見場の記者席でどこかの女の子が。『マカデミアミルキーの味が入ってて良かった』って言ってた。」
 「それって、パン屋さんでいつも買うブーメラン型のパンの味じゃない。」
 「うん。 それで、」 とこちらの反応にはおかまいなく、店主の夢の話は続く。
 「マラソンのコースは、さいごに小高い山があって、そこが勝負どころだから、みんながその小高い山に集まって練習してる。小高い山っていっても、なんとか坂なんていうんじゃなくて、盆栽についてる岩みたいなんだ。険しいからみんなどこからどう曲がったら有利か、ラインどりを確かめているんだ。」
 「ロッククライミングだね」
 「そう。 そういう夢。」
 話はそれで終った。突然はじまって突然終る会話ともいえないような朝の会話だった。
 ビスケットのさいごのひと味が決まらないために紛糾する記者会見と、盆栽にのってる岩みたいな山の上に、わらわらと集まるマラソン選手―。
 しばらくたっても思い出して笑えたので、書き留めることにした。
 そして数時間後、夢だから覚えていないかと思って、「今朝の夢、覚えてる?」と聞くと、「覚えてるよ」と、店主が手近にあったメモ紙に小高い山の絵をかいた。フタコブラクダの背のように頂上が二つある山だった。そのフタコブの間がゴールで、そこまで麓からくねくねとヘアピンカーブの道が続いている。
 一方 私も店主に聞いた夢のイメージで山の絵をかいた。切り立ったヒトコブの山である。道はない。狭い頂上にたくさんの人がいる。どう攻略すれば有利か策を練る選手たちである。
 こんなに違うのかと驚いたが、これが、原作と映像化作品の差なのだろう。
 作家が言う 「作品は、発表された時点で受け手(読者)のもの」 ということばが腑におちる。
 たわいのない夢の話から、言語や文字がふくらませる想像力の大きさを知った。

6月11日
 店舗は雨天休業である。
 いぶかしく思う方もおられるようだが、もう何年もこれを貫いている。
 理由は本の保護だ。店の本には一冊ずつパラフィン紙がかけてある。もとより北向きに建てられた店で、日焼けからは まぬがれているが、蛍光灯の灯りでも本の背は焼ける。その焼けをパラフィン紙は防ぐ。
 それから 本は水に弱い。濡れてヨレた紙は何をしても戻らない。パラフィンがかけてあれば多少の水滴ははじかれる。ただし、中の本は守れるが、パラフィン紙には、「ココに水がつきました」と痕跡が残る。だから、濡れた人が入ってくると、書棚を点検して、その列のパラフィンを取り替えねばならないこともある。
 そこで、「いっそのこと 雨の日は店を開けないことにしよう」ということになった。
 店は休みだが、人間はそれなりに仕事がある。梅雨のこの時期は、倉庫整理がやってくる。店で手入れをされた本は、店に置かれるものと、店から五分ほどの場所にある書庫に行くものに別れる。
 日光を遮断した二階建ての書庫には、店舗以上にびっしりと本が詰まっている。お客様からの注文があると、抜いて店舗に持っていくので、ところどころ隙間ができる。新入荷が「とりあえず」と積まれる。この繰り返しで、棚はわかりにくくなっていくし、本が傷む原因にもなるのだが、店をやっていると なかなか手がつけられない。 何せ本は重い上に、自分では動かないのだ。
 発送のない週末の雨は、倉庫整理にはうってつけだ。行く時は少し気が重い。手をつける前の作業は膨大に思える。
 しばらく働いてめどがついてくると、楽しくなってくる。本に触ると、その本が売れるというジンクスがあるからでもある。誰も見ていない倉庫内なのに、書棚の整理をしたらその棚の本が売れたということが、今まで何度もあったのだ。
 あんなにびっしりだと思っていた書庫に、いくらか余裕ができる。余裕の分だけ未来がある、という気分になり、きりのいいところで 雨の中を店に帰って行く。
 整理の続きは、次の雨の日、である。

6月3日
 菖蒲がにぎやかに咲いて、6月が来た。
 堀切菖蒲園も、入口の門が見えたとたんに、様々な青のグラデーションが目に入る。駅から園までの遊歩道の紫陽花もあでやかに色を競って、色の見本市のようだ。
 今年は桜にはじまり、どの花も早々に花をつけ、ゆきすぎた。
 菖蒲も菖蒲まつり開始と同時に満開で、後半までは持つまいと思う。
 来園は、早目をお勧めします。

6月2日
 昨夏に母が亡くなり、もう手入れをする人もいないので、実家の庭は昨秋 大幅に樹木や草花を刈り込んだ。何が入っているのかわからないプランター類も、逆さまにして庭に土を出して片付けた。
 はずだったのだが、昨年末には水仙がこれでもかという程 咲いた。春になってみると、あちこち葉を出し、花が咲く。さっぱり刈り込まれて力をつけたのか、近頃は、行くたび知らない花が咲いている。
 プランターの土をあけたところには、ニョッキリとアマリリスが生え、大輪の花をもった。
 「アマリリスだったんだね」 と、一人暮らしになった父と笑いあった。
 母の形見の花々が父をなごませる。
 無碍にはできず、私も行くたび草むしりを楽しんでいる。

5月のユーコさん勝手におしゃべり
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