ユーコさん勝手におしゃべり

6月19日
 おとといの朝、夏の花のつぼみをみつけた。「あ、○○のつぼみだ!」と、のどまで出かかったその花の名前が出てこない。周りにある夏の花の名前を唱えてゆけば、スルっと出てくるかなと思ってやってみたがだめだった。「ゆう」という途中の音らしいものは浮かぶのだが、前後がつながらない。人様のお庭にも色違いの同じ花を見つけたが、「うう…」と脳が苦しむだけで名前が出てこない。
 「去年何度も口にしたはずなのに、」と思いながら、街を自転車で走ると、街路樹にも夏の花がずいぶん咲いている。昨夏しっかりインプットしたはずの夏の木の名前が、やはりなかなか浮かばない。幼いころから見慣れた木や花も、名前を知れば、呼びかけられるし、急に自分と親しいものになる。去年親しくなったはずの同じ木が、半年のブランクでまた私から遠ざかっていく。
 「知らない木じゃないよ。ド忘れしただけだよ。すぐ思い出すよ、ホラ」と、そこまで出かかったその名前、出てくるはずが出てこない。
 悔しいなあ。インターネットや図鑑で調べれば、すぐわかるのだけれど、ふっと自力で頭に浮かんだ時の快感を得たくて、まだ、悔しさを我慢している。

 …そして数時間後、とうとう園芸図鑑をひらいた。プランターのつぼみは「ノウゼンカズラ」だった。「ゆう」じゃなくて「のう」だったのだ。道理で「ゆう」の前後にいろんな音をつけてみてもだめだったはずだ。スッキリしたけど、やっぱり悔しい。

6月17日
 数日前まで、店のそばに黒猫がいついていた。黒猫といっても漆黒ではなく、グレーがかった黒の猫で、長いしっぽに少し傷がある。日に何度かやってきて店の前にいたり外に出している看板の足元に寝ていた。どこか近くで飼われているのかなつっこい目でおとなしい。街は今菖蒲まつり中で、いつもより人通りが多く、カメラを持っている人率が高い。猫は、道行く人のカメラにおさまったりしていた。都合一週間ほどこの辺りにいただろうか。この前の日曜日から、ふっつり見なくなった。
 もしかして、ご先祖様かなにかで、ちょこっと様子を見に来たんじゃないかしら、などと思っている。

6月15日
 2日続けて夏の日差しが降りそそぎ、今日、夏の花壇への入れ替えが終わった。店横のほんの小さなスペースだけれど今年はヤマホロシのあたり年で頭上はヤマホロシの満開だ。プランターの入れ替え作業を終え、水をやっていると、首から立派なカメラを提げたおじさまが、
 「きれいにしてますね。これは何という花ですか」 と声をかけた。
 少し話をした後、おじさまは、「これだけあると、水道代もたいへんだね。」と言った。私は曖昧に笑って答えたけれど、おじさまの首にかかっているカメラの方が、ずっと費用がかかっているのに、ととても愉快な気持ちになった。みんな、自分の好きなことにかける手間とお金は、その他のことにかかるものとは別腹別口なんだな。
 まこと、人の趣味に戸はたてられない、のだ。

6月10日
 今日見つけたものは むくげのつぼみ。
夏が来るよ 夏が来るよ、記憶の中の夏が、まためぐってくる。
 ものごころついてから、季節の記憶が現実となる経験を何十回と繰り返してきた。その度うれしく、その度少しずつ違う。
 今年はあっぱれの五月晴れがあまり見られなかったので、次の季節への予感だけでも胸がふくらむ。

6月9日
 雨がち2008年。
 今年は、年に一度だけ小さな景勝地堀切菖蒲園がにぎわう菖蒲まつりがはじまる前に入梅となった。梅雨入りと前後して台風のおでましもあり、好天は2日と続かない。今朝も小雨がしょぼついていて、初夏の日差しはおがめそうにない。
 それでも季節は進んでいき、数日前から夏の花壇に模様替えをはじめた。今、店横のプランターは春と夏が半々に埋まっている。
 店から堀切菖蒲園へ行く途中、あじさいの道がある。車は入ってこない遊歩道になっている。数日前に通った時はまだ色づき始めたばかりだった。がっしりした緑の葉の上に、花が白っぽく浮かび上がり、ただほんのりと青や桃色を溶かしこんでいた。それが、昨日行ってみたらすっかり色づき、可憐から妖艶に、がらっと印象を変えている。
 「あらぁ、ちょっと見ないうちに、まぁ こんなになっちゃてぇ」
と、久々に年頃の娘に会うおばちゃんのようになって、大きなあじさいの花をそっと手のひらに乗せて堪能した。

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