ユーコさん勝手におしゃべり

4月30日
 4月がゆく。
 日数の少ない2月よりも短く感じた。日常と非日常の繰り返しで成り立っていた生活から、非日常のイベントやお出かけが消え、日常だけが繰り返される、かつて経験したことのない4月だった。

 先日、スーパーへ買い物に行った時のことである。レジを済ませて、サッカー台へ行く。赤ちゃんを抱っこ紐で前向き抱っこしたママが、少し距離を置いた私の隣りで袋詰めをしていた。
 ママがカゴから袋へ買ったものを入れようとすると、赤ちゃんが手を伸ばしてバンとそれをたたく。「ダメよ」とママが言う。も一度お肉やお魚のパックを持ち上げると、また赤ちゃんはひょいと手を伸ばして邪魔をする。
 「ダメよ、これじゃお家に帰れないでしょ。」 とママは言うが、ことばで言ってわかれば、赤ちゃんはやっていられない。赤ちゃんにとっては、目の前にものがやってくる楽しいゲームなのだ。
 通常だったら、そばにいるおばちゃんの私が、マスクをとって赤ちゃんに笑顔を向け、ちょいと変顔でもしてやれば、あるいはほんの数秒 赤ちゃんの手をとってあやしてやれば、ことはスムーズにすむのだ。 ママにちょっと手を貸すことだって簡単だ。
 それが今は、声をかけることも、袋詰めを手伝うこともできない。
 困っている人を横に、自分が情けなく思えて、下を向いて自分のことだけをした。

 一週間前、堀切菖蒲園の駅前でつばめを見た。ガード下を低く大きくカーブを描いて飛んでいる。去年巣があったところを見ると、絶賛子育て中だった。巣のはじに、端正な細い尾が見える。
 コロナ騒動の日々の中だが、駅舎につばめがいると思うだけで、楽しくなる。
 見上げても なかなか飛んでいる姿は見られないけれど、しっぽだけでも充分笑顔のもとになる。マスクの中の笑顔でも、つばめにはこの応援が届くだろう。

4月25日
 少し前、アメリカの感染症学の人が、「日本にコロナウィルスによる死者が少ないのは、靴を脱ぐからではないか」 と書いていたのを新聞報道で知った。
 その記事を見た日の数日前、店主がシャッターの閉まった店内で、自転車の分解整備をした。ごくごく小さな部品がひとつ、はずそうとした指から はじけ飛んだ。部品の飛んだ方向と落ちた音がわかったので、あわてず捜した。すぐあると思ったのだが、周囲を三時間くまなく捜しても見つからなかった。
 外出から帰った私も、店内を気をつけてみたが なかった。店主はあきらめて、代用に同形状の部品を自作した。
 そして くだんの新聞記事を見た日の午後、店にいた店主がいきなり、「あった!」と言った。そこは、自転車作業をしていたところではなく、部品の飛んでいった先でもなかった。店から室内に、靴を脱いで上がるスペースの片隅だった。飛んだ部品を捜しに行った時、靴の裏について、そのまま運ばれてきたのだ。
 その朝読んだ記事が、腑に落ちた。靴底はいろんなものを運んでくる。
 日本で靴を脱ぐ文化は根強い。様々なものが洋風化して、日常の服装から、着物はほぼ淘汰されたし、家庭のトイレはたいてい洋式になった。新築物件など和室のない家も増えたけれど、玄関だけは日本式が残っている。
 セメントの玄関で靴を脱ぎ、そのままかスリッパなどに履き替えて家に上がる。靴を脱ぐスペースと室内を分ける段差があり、下駄箱がある。
 こんな国は少ないのじゃないかしら、と思う。
 先の記事によると、コロナウィルス関連医療機関の様々な箇所のウィルス検査をしたところ、調剤室の床には100パーセント ウィルスが付着していたそうだ。
 手を洗うこと、うがいをすることは、世界中で励行された。でも案外足元は見逃されてきたのではないだろうか。
 「自転車の部品、あってよかったね。」と声をかけながら、私の頭の中は「?」でいっぱいになった。
 日本人はなぜこれほど、西洋化がすすんでも、靴を脱ぐことを手放さなかったのだろう。例えばホテルに泊まるとき、そこが洋室でも、部屋に案内されるとまず靴を脱ぎたくなる。そして、日本の宿には必ず室内履きが用意されている。
 あまりにも自然に行ってきた「靴を脱ぐ」行為の、その根の深さに、興味が尽きない。
 アジア圏と北欧にある「靴を脱ぐ」文化と、コロナウィルスの広がりとの関係を注視したい。

4月24日
 頭に浮かんだ思いつきを拾っては、この「勝手におしゃべり」を紡いできた。
 でも、遠くで発生した新型コロナウィルスの脅威が、世界に 日本に 東京にと だんだん迫ってくると、思いつきの泡は、私の中に生まれたとたんにつぶれるようになった。
 「今はダメ」「不謹慎」「考えることは他にある」から、「考えることをやめよう」へ―。
 目の前の商店街にはためく「TOKYO 2020」のフラッグ群を、オリンピックの延期が決まった一か月前には、「空しい」と感じていたのに、いまはもう、目に入っても見えなかったと同じ当たり前になった。
 菖蒲祭りも花火大会も、年内のイベントはみんな無くなり、新聞の折り込み広告がなくなったように、季節ごとの商店街装飾の変化もなくなるだろう。
 シャッターを閉めた店の中で、たんたんと、細々仕事をこなしている。こうして感性まで眠らせてゆくのかと思っていたら、本を送ったお客様から、一通メールが届いた。
 「今回の災禍に仕事を奪われ、少し読書の時間が 取れました。 同時に、『勝手におしゃべり』も楽しませていただいております。
 冬の日の光は慈悲のように温かい、
遥か昔に読んだこんな詩を思い出しました。  これからも続けてください」 
 と。部屋の照度が少し上がった気がした。目に入ってくる小さな季節を見逃さずに過ごす気力を、ありがたく押しいただいた。

4月15日
 つばめ初見。
 自転車に乗って荒川土手を海まで走った。おとといの台風並みの大雨、昨日の強風から、一夜明けて、今朝は カーテンの隙間からさえ、まぶしい陽光が感じられた。
 土手道を自転車で進む。キャッチボールする人、走る人、ボールをける人、それぞれ静かに思い思いに運動している。
 雨で水量が増えた川のほとりで、鵜は黒い羽根を大きく広げ、鳩の一群れが草をついばんでいる。そして、目の前を低くつーいと飛ぶものがあった。独特のスマートなスタイル、今年初めて見るつばめだった。
 このところ沈みがちだった気分がすーっと晴れる。今年も土手までやって来た。そのうち、また堀切にもやって来るかしら。常と変わらぬ自然の営みは、こんなとき、一筋の希望になる。
 新型ウィルスの緊急事態宣言以降、店は閉めている。インターネット注文に応じて、毎日郵便局へ発送に行っているが、生活のリズムが変わり気分はどうも煮え切らない。
 街を見れば、真っ赤なシャクナゲに純白のジャスミン、そして藤までが咲き始めた。こんなに輝かしい季節を、こんな気持ちで迎えねばならないなんて驚きだ。
 自転車旅のゴールの葛西臨海公園では、親子連れがひもを操るカイトが空高く飛んでいた。どこからかシャボン玉もとんできた。
 分刻みにせかせかと流れる時間から解き放たれた子どもや、飼い主のそばで満足そうな犬の姿、コロナがもたらしたささやかな贈り物だ。
 帰り道、土手道に逃げ水を見た。これも今年の初見である。
 店に戻って、また誠実に仕事をしよう。今できることをする以外、前に進む道はないのだから。

3月のユーコさん勝手におしゃべり
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