ユーコさん勝手におしゃべり

3月31日
 花咲かじいさんの仕業を見に、自転車に乗って堀切橋を渡り、向島方面へ行く。
 満開になった桃が、赤く白くピンクに、民家の庭やちょっとした空地にあざやかに咲いている。
 東向島の路地を通ると、しもたやの玄関にいたご婦人が、
「うそみたいよぉっ」 と家の中に向かって大きな声をかけて出てきた。 一夜にして、まるで嘘みたいに華やかになった景色の中を、自転車で通り抜けた。公園といわず学校といわず、見上げれば桜が空を染めている。
 東向島でお目当ての洋食屋さんに入る。常連らしい老婦人が、店の人と挨拶を交わした後、
 「あたくしはいつものミネストローネをお願いして、あとは、○○ランチでよござんす。」
 と注文した。今ではほとんど死語となった「よござんす」を、日常語とする人のそばで、下町の老舗の洋食が、一段とおいしく感じられた。
 お昼を食べて、隅田川沿いを浅草方面へ、人と桜のにぎわいのなかを走り、河原の土手や公園づたいの道を通って帰宅した。
 3月の最終日、今年の花咲かじいさんは、上々のできばえだ。

3月30日
 急にあたたかくなって、春はいきなりやってきた。
 今晩あたり、花咲かじいさんが、公園や河原や街路を うすももに染めていくはずだ。

3月28日
 3月最後の週は冷たい雨ではじまった。先週開花が発表されて以降、桜も一部咲きを一週間キープしたままだ。この春は、長く冬をひきずっている。
 おかげで 「今年で終りにしよう」と思っていた冬物衣類を順ぐりに着回して、「うーん、もう一年、とっとくか」ということなく、悔いなしに衣替えできそうだ。
 先週の金曜日は東京モーターサイクルショーの初日で、お台場まで出かけた。店主のバイクの後ろに乗って、木場を抜けお台場に近づくと、何とはなしにバイクの台数が増え、ロートからビンに液体が入っていくように自然に、会場駐車場へ流れ込んでいった。
 1時の開場早々に着いたが、午前中のプレス公開の人たちもけっこう残っていて、会場は活気にあふれている。
 店主は次々見てまわり、ブースの人に質問したり要望を出したりしている。私は、「何かが好きだ」という人の動きを見るのが好きなので、楽しく人間観察しているうちにあっという間に時が過ぎた。カタログやステッカーを様々いただいたが、一番の収穫は、埼玉と福島が出していた小さな観光ブースだった。
 帰宅後、店主が「この中から行ってみたいとこ選んで」とパンフをひろげた。福島県の風呂山公園と雄国沼湿原を巡る旅がさっそく決まって、4月の終わり、ゴールデンウィーク直前の宿を手配した。
 寒くて、まだ足をこたつの中に入れたまま、春の盛りの夢をみる。

3月18日
 今年の3月は一筋縄ではいかず、暖かい日があると、ぐっと冬に引き戻される。
 それでも照れば日増しに強くなる陽光に励まされて、飼い亀を外に出した。店主は、店の横の小庭に亀の遊び場を作るといって材木を用意した。
 去年は、いろいろ工夫して金網や園芸柵で囲った中に亀を放した。普段はおとなしくしているのに、出たいとなると、
 「ここ以外のところであれば、どこへでも行きたい」と叫ぶボードレールのように、越えられぬ柵を越え、鉢の隙間をこじ開けて、脱走した。
 近所の顔見知り(亀見知り?)に捕獲してもらって、私たちが外出から帰ると、庭の入口にひもでくくって犬みたいにつながれていたこともあった。
 本能に呼ばれて脱走してまで出かけたいのは、産卵前と冬眠前の一時期だけだが、その間は、水槽に入れておくと、出たい出たいとバッタンバッタン音をたててあばれる。自身が自由を好む店主は、なるべく散歩に付き合うが、亀ばかり見て日がな一日過ごすわけにはいかない。
 そこで朝から、大工仕事と相成った。
 20年も生きていると知恵がついて、引き戸は開けられるようになったので、開閉式ではなく、作り付けの柵をつけた。高さは40センチもあれば大丈夫だ。
 逃走不能のミニチュアガーデンである。ペンキも塗って、出来栄えは上々だ。亀と人との知恵比べに、店主は今のところ絶対の自信を持っている。
 でもね、相手は、出たいとなったら、時間や体力のすべてをそれに費やして、命さえ惜しくない覚悟なのである。
 さて結果がどうなるのか、楽しみでもあり、ハラハラもしている。

3月12日
 ほがらかに晴れた火曜日、気温もぐんと上がったので、亀を冬眠水槽から出した。水槽のフタを開けても、寝坊の彼女は、泥の中に埋まったまま気配もない。
 プラスチックのシャベルを泥水に差し込み持ち上げると、鼻からぷくっと泡を出し、半眼の彼女が出てきた。
 「生きてて良かった」
 ホーっと全身から力が抜け、それまで自分が緊張していたのがわかる。話しかけながら体を洗ってやると、すぐに元気に歩きだした。
 しかし暖かかったのはその日だけで、翌日から冷たい雨が続いた。冬眠から覚めた日、しばらく外でひなたぼっこをしたっきり、ご隠居さんのように亀は家でのんびり過ごしている。このところのお気に入りの場所は、こたつの中である。
 時季がとまったような寒の戻りのなか、黙って沈丁花だけが満開になった。
 本格的な春は、来週からやってくるらしい。

3月5日
 ある朝、スーパーで買物をして、サッカー台で買ったものを袋詰めしていたら、後ろから、
 「あたし、これ食べられるようになったの。」
 と大きな明るい声がした。
 ふり向くと、満面の笑みをうかべた小さな女の子が、レジ台のママの買い物かごの前に、イカフライの駄菓子を置いた。そのまま背伸びして待っている女の子にレジのおばさんが、
 「よかったわねぇー」
 と言いながら駄菓子にテープを貼ってくれて、ママのかごの会計を続けた。
 スーパーのレジの周りの人がみんなニッコリした。
 今まで、「もっとお姉ちゃんになってからね」と言われていたお菓子を、今日は許されて買ってもらったのだろうか。昔から街によくある定番の駄菓子だが、はじめて食べたら、どんな味に感じるんだろう。
 子どもの頃、はじめてコーラを飲んだ時のことを思い出した。近くで、おじさんの
 「いいなあ、オレも言ってみたいなぁ」 という声がした。

 この3月は強い北風と共にはじまって、春と冬を出たり入ったりしている。
 昨日はおだやかによく晴れて、横須賀の三笠から猿島へ小型の双胴船で渡り、東京湾の歴史の遺構をめぐった。
 「明日は啓蟄だから、飼い亀を冬眠水槽から出そうか」 と思ったが、一夜明けて今日は冷たい曇天で、まだもう少し、亀の春は遠そうだ。

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