ユーコさん勝手におしゃべり

10月14日
 今年はどんぐり年。
 好天が続く10月半ば、奥日光へ紅葉をめでに行く。
 渋滞を避けるために、店主の提案で、2時半に起きて3時には東京を脱出する。暗かった空が、明るくなってきて、車は日光へ入る。平日というのにいろは坂の入口の馬返し駐車場にはもう何台か車が停まっていた。
 朝日とともに一気にいろは坂を登り、カーブで視界が開けるたびに、斜めにさす陽で黄金に輝く山の木々に歓声を上げる。
 6時に赤沼の駐車場に着き、ポットに持参のお湯でコーヒーを淹れ軽く腹ごしらえをする。戦場ヶ原の遊歩道へ行くと、コロコロとどんぐりが目に入る。大小長短、様々などんぐりの道をたどって、竜頭の滝まで降りる。竜頭の滝を撮るカメラマンの列を横目に再びハイキングコースへ入り、千手ヶ浜を目指す。
 千手ヶ浜の湖畔は、高所にありながら、そこだけ南の島の別天地のような砂浜が広がっている。中禅寺湖ごしに見える山々は、カラフルな大仏の頭だ。螺髪のひとつひとつを鮮やかにカラーリングしたように、丸くこんもりした木々の群れが並んでいる。
 比較的平坦なところと下り道を歩き、登りとなる
千手ヶ浜から小田代ヶ原までは、ハイブリットバスの力を借りる。
 赤沼から千手ヶ浜まで往復しているバスは、終点の千手ヶ浜でたくさんの人を降ろしたが、帰途となる赤沼行きに乗るのは、店主と私の二人だけだった。運転手さんのすぐ後ろの席に座って話を聞く。「今年はどんぐりが豊富」と言っていて、「やっぱりそうか」と自分の印象があたっていたことにうれしくなった。
 小田代ヶ原でバスを降り、草原を見ながら昼食をとる。小田代ヶ原沿いの木道は、すっかりきれいに整備されていて、気持ちのいい木道をたどって歩く。途中、木道のベンチのあるデッキを補修中のおじさまたちが休憩していた。古いデッキの傷んだところに真新しい木が打ち込んである。
 「こうやって直していくんですかぁ」 と店主が話しかける。年長のおじさまが、にこやかに対応してくれた。やわらかい笑顔で、方言を交えて話す苦労話の後、戦場ヶ原のむこうにひろがる山を見て、「今日が一番いい。」 と言う。
 「今晩から北風が吹くからね。北風が、色づいた葉をサーっともっていって、一晩で一気にハゲ山にしてしまう。」 と。
 たぶん、いつ来た観光客にも、「今日が一番いい」「今日来て良かったね」 と言ってくれるのだろう。その人柄に、とても暖かい気持ちになった。
 元気をもらって、また歩く。歩き出して6時間ほどで、赤沼の駐車場へ戻ってきた。駐車場の入口には入庫待ちの車が何台か並んでいて、車を出すとすぐに次の車が入った。
 昼過ぎにいろは坂を下りて、前日光つつじの湯へむかう。半日前倒しにした時間を、温泉の休憩所でたっぷりの昼寝をして調整する。お風呂に入って、夕食においしいそばを食べて、再び温泉に浸かり、道路がすく夜間まで本を読んでくつろぐ。
 車を車庫に入れ、一日を無事に終えると、コースや時間の設定に自負のある店主が、「ほうらね」 と、ほくそ笑んだ。

10月12日
 秋がその深度を増す。
 飼い亀と仲良く水槽にいたアカテガニも動きが鈍くなってきた。
 10月に入ってぐっと落ちたカメの食欲はもうほどんどない。自身が食いしん坊の店主は、冬眠前の2ヶ月ほどを何も食べずに過ごすカメが心配でしょうがないらしい。
 小さく切って茹でた鶏肉をカメの目の前で揺らして箸で口に入れてやっている。
 朝はじっと動かなかったカニも、昼間あたたかくなると目を覚ます。
 「もう冬眠しちゃうのかと思ったけど、ハサミに鶏肉持たせたら、食べた。」
 と、店主がうれしそうに言う。そばに置いても来ないので、箸でエサをつまんで持たせてやったらしい。
 今週は、奥日光へ紅葉狩りに行こう。落ち葉を集めて、冬眠用のふとんにするのだ。
 調べてみるとアカテガニも冬眠するそうなので、今年は、同じ水槽で、カメとカニのW冬眠となる予定である。

10月11日
 カラスにうらみはない。
 ただ店の前の電柱の変圧器で営巣しているスズメ一家に加担しているだけである。
だから巣の脇に陣取ってカラスが鳴くと、店の3階の窓をわざと音をたてて開け、
 「スズメいじめちゃ ダメよー」 と小声で言う。
 カラスはたいてい、それで退散し、しばらくすると変圧器の中からチュピ チュピとスズメたちのざわめきが戻ってくる。
 スズメの巣のそばでは「カー、カー、」と鳴いたカラスは、自分をごまかすように「ワッ ワッ」と鳴く。犬の声のまねをしているように聞こえた。
 近所のカラスに一羽変わり者がいる。自分の営巣に忙しい間はふつうのカラスだが、冬はヒマらしく、様々な鳴きまねをするのである。犬の声がお得意で、トラックが曲がる時の「ピピー ピピー」という警告音や、「おかーぁさぁーん」としか聞こえないイントネーションで鳴くこともある。
 お気に入りの電線があり、そこへ来ては独演会をして、道ゆく人を振り返らせたりする。
 たぶんあのカラスが、秋になってまたものまねの練習を始めたのだろう。
 カラスもスズメも、うまいこと共存してほしいものと、思っている。

10月3日
 開店早々で、まだ客のいない店の隅で、店主が何やら叫んでいる。
 「カニ! カニ!」
 と聞こえるが、いったい何だろう。
 近くに行くと、厚紙二枚を両手に持って、店主が一匹のカニを捕まえようとしていた。
 「エ?! カニ?」 と頭の中は「?」でいっぱいになり、「何でカニがいるの? 何ガニ?」 と聞くと、
 「わからない。わからないよ、でもここに居るんだから」
 と言いながら、紙でカニをそっと捕まえた。
 手のひらの半分ほどの大きさのカニである。

 「店番してたらさ、床を何かがカサカサって通って、秘密基地(と呼んでいる店の奥の資材置き場)の方へ行ったんだ。秘密基地の扉(本棚になっている)の下に入ったから、ドアを動かすと、ササっとドアの動きに合わせて移動する。何だろうと思って見ると、明らかに横歩きで動いているんだ。
 わけがわからないし、『カニか?』って思う自分が信じられないくらいだったよ。」
 「夢の通りになったね。正夢…だね。」 と言うと、店主は
 「ああ、正夢になっちゃった。」 と言った。
 カニはとりあえず、飼い亀の水槽に入れることにした。
 カメにエサをやって、しばらくしてからのぞいてみると、案外相性が良いようで、カニは、カメがひなたぼっこをしている石の下に入り込んで、カメの食べこぼしのエサのかけらを食べていた。
 「水槽もきれいになって、いいんじゃない」
 と、店主は楽しそうである。

 正夢というのは、数年前に店主が見た夢で、店の本棚の下から赤い小さいカニがカサカサ出て来た、というものだ。驚いて棚の下に長い定規を差し込んで床をさらうと、やはりカニが出てくる。本棚をどけると、棚の下は池だった。どうしようと途方にくれたところで目が覚めた、のだそうだ。
 とても印象に残る夢の話で、店主も私もよく覚えていた。
 しかし、それにしても、いったいどうして、本当のカニが、店内に、しかも一番奥まったところに、居たのだろう。
 店は荒川土手から徒歩圏内のところにある。10分も歩けば土手に着くが、あくまで人間が歩いてのことで、カニの徒歩圏内とは思えない。釣りに行く人が自転車で通ることはあるので、私は土手に釣りに行った人の自転車か荷物にくっついてここまで運ばれたんじゃなかろうかと推理した。店主は、誰か子どもが飼っていたのが逃げ出して来たんじゃないかと言う。
 いずれにしても、不思議なことだ。
 夢といえば、カニの夢の後で、店主は七福神の夢をみている。七福神が揃って舟に乗って、にこにこしながら、「ここに乗ってくれよ」と言う。
 「エ、この人たちの舟に乗るの?」 と思いながらも乗り込み、みんなで同じ方向を向いて
 「出発!」「オー!」 とか言いながら進んでいく、という夢の中でもこれは夢だなとかわる非現実的な夢だった、と言っていた。

 「次は、店に七福神が来るんじゃない?」 と言ったら、店主は笑っていた。

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