ユーコさん勝手におしゃべり

5月30日
 今日、近所で銭湯が一軒解体されていた。今年に入って二軒目だ。
 身近にあったものがなくなると感傷的な気持ちになるが、しばらくすると、以前そこが何であったかさえ忘れてしまう。先日更地になった銭湯跡には、住宅が何軒か建つらしく、土台ができていた。
 こんな風に街はどんどん変わってゆく。
 これまで上手に取り残されてきたのだから、これからも細く長く、うまいこと取り残されてゆきたいものだ。

5月26日
 今日、店主は積年のバイク仲間とツーリングに行った。
 ゴールデンウィーク中に北関東に行った時、群馬県のみどり市バイクラリーに参加した。5月4日はみどりの日、というこじつけで、6ヶ所のチェックポイントをバイクで回る催しだった。全部行くとゴール地点で参加賞とコーヒーサービスがいただける。みどり市の市長さんがバイク好きだそうで、ゴールポイントのテントで休憩していた地元の往年ライダーさんたちが、
 「市長さんもラリーに参加して、ついさっきまでここで一緒に休んでたのよ」
 と教えてくれた。車種も速さも問わずということで、自転車でまわっている人もいた。みんなとてもフレンドリーで楽しい大会だった。
 道順も問わず、なのでどうせなら味わおうと、知らなかった道や地図ではわからない林道をいくつも通った。途中で、山菜を採っているおばちゃんや、散歩中のおじちゃんに道を聞いたり、おいしいごはん屋さんを教えてもらったりした。
 そんなことで、今日、店主は友達をさそってのツーリングに出かけたのだ。
 市長さん、とりあえず、数名ですが、観光誘致に成功しましたよ。
 派手さはない小さな企画だけれど、地道な努力は、地道に実を結ぶものだ。

5月21日
 脳の中っていったいどうなっているのだろう。
 当然知っているはずの本や歌の題名が、のど元までかたまりとなって浮かんできているのに、どうしても音となって口から出てきてくれない。その時はいくらがんばっても思い出せないのに、何日かして全然違うことをしていた時に、ポッと思い浮かぶことがある。白雪姫ののどから毒リンゴのかけらが出てくるみたいにコロっと。
 昨日、店主と、「何 食べようか」 と話をしていた。新鮮なレタスときゅうりがあるから、サンドイッチにしようと意見が一致した。
 「カリッとトーストしたパンにざっくり切ったレタスと薄切りのきゅうりをマヨネーズと粒マスタードで。
 アレ、うまいよね」
 と話がまとまり、仕度をしに一階の店から二階の台所へ階段をのぼりながら、私の口が、
 「アレくえば かねがなるなり ソーセージ」
 と言っていた。
 「え? 何コレ」 と自分でも笑い、店主も笑っていた。これはあの有名な句のパクリかリスペクトか。それにしても、ソーセージって、どこの寺だ?
 頭の中がサンドイッチの段取りをふんでいて、無意識のうちに、今冷蔵庫にあるものをあさり、ウインナソーセージを見つけて喜んだ。喜んだ拍子に階段をのぼるリズムにあわせて、口から出てきた。
 根岸の子規庵に行ってから1週間、自分の口が発したものながら、脳のいたずらとしか思えないことだった。

5月18日
 寒いときには、暖かい地域へ向かい、暑いときには涼しいところへのぼっていく。
 そして、どこにいても気持ちの良い5月は、近郊を歩く。先週は、知っているようで知らない地元をまわった。
 火曜は上野へ出て、東京都美術館で大英博物館展をみる。国立博物館の前も通ったが、鳥獣戯画展は、平日午前にもかかわらず長蛇の列で断念して、鶯谷から日暮里方面へ歩いていく。街の案内地図看板に子規庵の表示があり、立ち寄った。庭もそのままに保存され、小さな宇宙を散策できる。再現された家屋はこぢんまりした長屋の一軒で、ここに若く百花繚乱の文人たちがギュギュッとつどっていた時、子規の母と妹が感じた男くささまでが嗅ぎとれるようだった。
 一歩足を踏み入れたとき、狭いと感じた子規庵だが、庭に面した文机にすわって一面の窓ガラス越しに外を見ると、草花の上に空があり、同じ空間がとてもひろい。子規の寝起きした席は、小さくて大きい不思議な空間だった。
 子規庵を出て、そばを食べ、昼には充実した気持ちで店を開けた。
 木曜は店を休み、都電荒川線の一日乗車券を買った。都電の沿線は香りの良いバラがたくさん植えられている。バラは500種もあるそうで、目も鼻も満足した。
 早稲田から三ノ輪まで、博物館も庭園も多数あり、乗り降り自由で400円の一日券は大活躍だった。とげぬき地蔵の名物塩大福を栄養源に夕刻までたっぷり歩いた。
 「よく学びよく遊べ」 子どもの頃には、そんなに何でも一生懸命なんてカッコワルイよね、くらいに思っていたのに、時間の大切さが見にしみる人生も後半になって、このことわざが楽しく明るく言えるようになった。
 昨日、ご近所の奥様が、「家にローズマリーの新芽がたくさん生えたから」 と、両手いっぱいのローズマリーを持ってきてくれた。網袋に入れてつるし、今日は朝から台所にたった。おとといはバットとグローブを持って荒川土手に行き、家族草野球で遊んだ。
 5月の陽気のおかげで、何をしても愉しく、開店前の隙間時間が埋まってゆく。
 次に落ち込むことがあった時は、この一週間を思い出して穴をうめよう。

5月11日
 家人に頼まれて、店主がバイクのユーザー車検に行った。帰りがけガソリンも満タンにしといてあげようと、セルフのスタンドに寄った。もうすぐ満タンのところで、メーターは10Lに近かった。
 あとで精算するのにぴったり10Lだったらキリがいいな、と思っていると、近くにいかにもベテランそうなスタンドの方がいた。
 「ちょうど10Lって、入れられますかね」 と声をかけると、
 「やってみましょう」 と給油をかわってくれた。
 アルバイトらしい二人の若い店員さんも、どれどれというかんじで見に来た。ベテランさんがキュッととめると、9.99Lと表示された。
 ああ、やっぱりダメか、という視線の中、ベテランさんの指が器用に動き、ジャスト10Lでとまった。
 口には出さねど賞賛の空気が流れ、「さいごの0.01っていうのが難しいんですよ」 と笑顔のベテラン氏が言う。
 最近はセルフ給油でクレジット払いが多いので、店による差も、設備と価格くらいになった。ベテランスタンドマンの面目躍如で、給油機の周りに、気持ちの良い風が吹いた。

5月9日
 晴ればれと五月がやってきた。
 今朝花壇の植え替えをした。ゴールデンウィーク明けに着くように1ヶ月前から手配していた夏の花苗が、昨日予定通り配達された。
 予約の時に頭に描いた図を、昨晩もう一度組み合わせてメモ用紙に書き留めた。
 朝起きて、コーヒーを淹れバナナジュースを飲みながら、再度計画を反芻する。苗の数は18個。店横のコンクリートだけの小さなスペースだが、小さなキャンパスでも宇宙の絵が描けるように、土をいじっている時、この小庭は私の宇宙だ。
 純白だったジャスミンも盛りを過ぎた。脚立に乗って、2階までつたい登ったジャスミンの花柄をはたきおとし、伸びすぎた枝を刈る。「ありがとう」とお礼を言って、春を誇ったビオラを抜き取る。大きなゴミ袋二つに春のなごりを詰めた。掃除をして土の手入れをし、夏を埋め込む。
 ゴールデンウィーク中は北関東へ行き、天然の自然をたっぷり見てきた。その色の記憶を、プランターの人工の自然にうつしとる。
 ゴールデンウィークの旅は、渋滞を避けるために、高速道路も主要国道も通らず、時々店主と二人乗りのバイクを停めて地図を確かめながら進んだ。
 東京を出て、3泊4日、埼玉、栃木、群馬をまわり茨城、千葉経由で帰った。田植え期で田んぼに活気があふれ、あらゆる鳥が喜び、麦の穂が伸び、畑に庭先にあやめが花盛りだった。山に入ると主役は山藤にかわる。前日光高原では白樺にポヨポヨと新芽が萌え、桜が咲いていた。ふもとでは満開のつつじが、霧降高原ではまだ硬いつぼみで、つつじヶ丘から霧降高原へ4時間半のハイキングで1ヶ月の時を行き来した。
 天候に恵まれ、広い空の豊富な空気を吸った。誰に手をかけられずとも芽吹き花咲く木々に、地面の力をあらためて感じた。
 大地や空のはたらきに思いをはせ、小さな土や区画された空をせいいっぱいいつくしもう。
 人の吐いた息を吸わなきゃならないような東京の小庭にも、てんとう虫は育ち、あげは蝶はやってくる。

4月のユーコさん勝手におしゃべり
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