ユーコさん勝手におしゃべり

12月23日
 店がおわってから、夜自由な時間があると、私は新聞や本を開き、店主は映画を観ることが多い。
 先日も、レンタルビデオ屋で店主は映画DVDをまとめ借りしてきた。机上にDVDと個包装された小さなあめ玉があった。何気なくそれを見ていると、店主が笑いながら話しだした。
 「今日ね、ビデオ屋に行ったんだ。カウンターにDVDを出すと、店員が、『処理する間、あめでもどうぞ』ってあめ玉の入ったカゴをさし出すから、『どうも』ってひとつもらって、なめてたんだよ。
 レジの登録がおわってDVDを受け取る時に、店員がこっちを見て、もう一度あめのカゴをさし出すのさ。それで、
 『こんなにおいしそうにあめをなめる人はじめて見ました。あまりにもおいしそうに召し上がるので、もうひとつ、いかがですか』って言うんだよ。
 『そうですか、それじゃ』って一個もらってきたんだ。」
 「それで、あめ玉が一個あるんだ」
 「そう。一個もらってポッケに入れたんだけど、帰りに駐車場行って車にのったら何か急におかしくなっちゃって、一人で声出して笑っちゃったよ。そんなにおいしそうにあめなめてたのかなぁって。この歳になって、そんなこと言われたのはじめてだよ。」
 「店員さんもお客さんにそんなこと言ったのは、はじめてだろうと思うよ」 と二人で笑った。
 以前よく通っていたお蕎麦屋さんで、店主が蕎麦を食べていると、
 「本当においしそうに食べるよね。見てると気持ちよくなるよ」と奥からおかみさんがわざわざ食べるのを見に来ることがあった。その時は、蕎麦は音のするものだし、つゆの飛ぶのも頓着せず、ずずっとすする人が少なくなったからだろうと納得していたが、今回のあめ玉はちょっと驚いた。
 「のどの調子がよくないなって思っていたから、あめがうれしかったのかな…」
 と店主は言い訳のようにつけ加えた。
 私も、「食い意地が…」とは言わなかった。

12月20日
 いつもと違う街に行くと本屋に寄って棚を見るのを楽しみにしている。今日は東京駅に用向きがあり、八重洲ブックセンターへ行った。のぞいてみたい目当ての本が数冊あったが、それ以外にもあちらを見ればこちらにも興味がわき、1階から8階まで何度か上がったり下りたりした。
 世の中には多くの必要とされている本があり、多種多様の専門家がいることを体感する。ネット書店では得られない圧倒的な空間力だ。
 森林浴が効くように、浴びるような本の中にたたずむ書籍浴は、脳を活性化する力があるのではないか。
 本屋に宿るおどろきとよろこびを浴び、購入した1冊の本とクリスマスカードをカバンに入れて帰宅した。

12月10日
 バイクは、旅の計画や整備も含めて店主の大きな趣味のひとつだ。だから、冬はつらい季節となる。今日も朝から、
 「寒いなぁ、冬はこれから何をして過ごせばいいんだろう」 とぼやいていた。
 「う〜ん」と一緒にしばらく考えて、先日新聞で10日の晩は皆既月食だという記事を見たことを思い出した。「10日」って…今日だ。
 「今晩、赤い月が見られますよ。11時くらいから皆既月食って新聞に書いてありました」 と言うと、とたんに店主に輝きが戻った。さっそく、
 「11:05から11:58、南東か、いいぞ。望遠鏡出さなきゃ」 と言っている。
 「今日は、弓道行って、帰ってきたら飯食って、観測だな」 と予定がつまっていることが何とも楽しそうで、仕事も急にはかどりだした。
 閉店の少し前、私に店を任せて、弓道場へ出かけた。行きがけに月の位置を確認して、店のウインドウ越しに私にも月を見るように手招きする。
 常に何かを考えて動いていないと落ち着かない店主と、できれば何にもわずらわされずに過ごしたい私が、ひとつの店舗の中で、なんとなく、うまいことまわっているのだった。

*『古本屋五十年』(ちくま文庫)・『古書肆・弘文荘訪問記-反町茂雄の晩年-』(日本古書通信社)のカバー画をかいた青木有花が、12月12日(月)から23日(祝)まで東京八重洲地下街のギャラリー八重洲・東京の「世界一小ちゃい?!ミニ絵画展」に参加します。お近くへお越しの際はぜひお立ち寄りください。

12月9日
 雨あがり、亀眠る。
 2日続けて、冷たい雨が降った。枯葉入りの雨水にもぐって、亀は今朝顔を出さなかった。いよいよ冬眠か。準備は万端、今年の布団は極上なのだ。
 今週の火・水と房総へ出かけた。温暖で名高い土地柄で、もう終りかと思っていたススキと紅葉が今盛りだった。
 最後の紅葉といわれる南房総市の小松寺へ行く。駐車場で黄金のいちょうが出迎えてくれた。小川のほとりでいちょうともみじの落ち葉をひろって、持参のビニール袋に入れていると、地元のおじさんが、
 「今日はいいねぇ。寒くなって雨が降って、急に赤くなったんだ。昨日はまだもっと青かったんだよ」 と教えてくれた。
 その晩は、白浜の宿に泊り、伊勢エビにサザエ、アワビに金目と海の幸を満喫した。バイキングの朝食後、庭にホテルの人が袋を持って立つと、イソイソととんびがやってくる。空中に投げ上げたエサをとんびがサッとくわえていく。
 「何をあげているんですか」と聞くと、「パンです。なぜかクロワッサンしか食べないんですよ」 とのことだった。バイキングには4種類のパンが出ていた。どれもおいしかったのだが、とんびはクロワッサンだけが好きらしい。バターが決め手なんでしょうか。おこぼれを狙ってスズメや他の小鳥もやってきた。
 雨も上がってこの日は館山野鳥の森を散策する予定だ。野鳥の森へ向かうと、すぐとなりの安房神社があまり立派なので、立ち寄る。広い境内に池があり、その周りに桜ともみじの木がある。そして、大いちょうが目に入った。その下で、神社の方たちが、熊手で落ち葉を集めてリヤカーに乗せていた。さっそくビニールを持って、「すいません、少しもらってもいいですか」と声をかける。「飼い亀の冬眠用の布団にするんです」と聞かれてもいないが報告して、ふわふわのいちょうともみじの落ち葉をごっそりいただいた。
 由緒ある神社で掃き清められたる黄金の布団のおみやげを持って、野鳥の森をたっぷり2時間半、歩いた。
 小腹もすいて、相浜漁港で伊勢エビにサザエ、大きなイカのバーベキューをいただいて帰路につく。満腹満足の旅となった。
 明日、いよいよ亀を土と水と落ち葉とともに冬眠用の水槽に入れる。チューリップの咲くころまで半年間のお別れだ。いい夢みてね。

12月4日
 「聴くがいい」 と頭上から言われて、一瞬「え?」ととまどった。
 顔を上げてすぐに現実に戻り笑顔で、「ありがとうございます。今日はあったかですね。」と応えた。
 今朝、店の前をほうきで掃いていた時のことだ。隣家の奥さんが、出がけにうちの店の前を通る時、「菊がいいわぁ」と声をかけてくださった。
 それが「聴くがいい」に聞こえてしまったのだった。店のポスト下には薄紅の小菊が今や満開になろうとしている。
 最近寝る前にウォルター・ワンゲリンの『小説「聖書」』を読んでいる。新約から始めて、今旧約の中ほどだが、少し読んでは眠ってしまってなかなか進まない。眠る、というか考えの中に沈んでいくようで、これを読んだ晩は必ずといってよい程夢をみる。普段精神的には草食系の自分としては珍しく、何かと闘うような肉食的な夢が多い。目が覚めても憶えている具体的な夢もあり、頭のどこかにそれが残っていたのだろう。
 自分の聞き間違いがおかしくて、奥さんのうしろ姿を見ながら、「今読んでいる本のせいだな」と苦笑した。

12月1日
 先月末、東京国立博物館に「法然と親鸞 ゆかりの名宝展」を見に行った。人気の展覧会だったが今週末で会期がおわる。平日朝にもかかわらず入場制限があり、会場の外でしばらく待った。
 期待にたがわず、見ごたえのある展示だった。改めて自分の知識のなさを知る。帰って辞書をひく。ひとつわかれば三つの「?」があらわれ、「また今度」の宿題となる。執着のある人なら、そこで深く文献へ、となるところだが、幸か不幸かあいまいな性格で、頭の片隅はそんな未解決の問題がたくさんたまっている。
 古本屋という仕事がら、お客様との何気ない会話の中で疑問が解けていくことが多い。というより、有識の客人をつかまえて、話題を誘導しては、教えを請うている。有難いことで、そんな時は書籍のお買い上げプラスαの心をこめて、「ありがとうございました」と頭を垂れる。
 今日は、あるお宅へ買い入れに出かけた。もうすぐ90歳になられるお客様だが、ご実家の菩提寺が当店の近くにあり、近県のご自宅から東京下町のお寺まで一人で電車でいらっしゃる。足腰も達者だが、きれいに身支度しており、美しい方だ。
 買い入れ作業のあと、お話をうかがうと、この八年間毎朝、一日も欠かさず般若心経、観音経とあとひとつ失念してしまったが、三つのお経を読経しているそうだ。日常の何もかもがありがたく思えると言われる。
 「朝ね、息子に『手も足も動く? 大丈夫?』って聞くと、『当たり前だろ』と言われるけれど、当り前じゃないのよ。目が見えて、口がきけて、手足が動けば、『今日も幸せだ』と思うの。ある朝、そうじゃなくなっているかもしれないのだから。」
 と笑顔でおっしゃる。 またひとつ、お客様から見識をいただいた。

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